月は幻影。
マドモアゼル愛さんという、おじいさんの占い師さんがいると最近知った。
ブログを見ているととても興味深い月の考察があった。
月は幻想であり、月が示す個性は仮につくられたものでしかなく、月が示す才能もない、というかなり極端なものです。そのため、月が示す自分像は偽りであり、月が示す才能を発揮しようとしても、それはまったくうまくいかない、、、と考えます。うまくいかないどころか、月によって動くこと自体が人生の落とし穴であり、私たちの生涯を幻影に押しとどめるために働くのが月であるとの視点なのです。
伝統的な占星術においても、月のキーワードは「死」であり、「反射と吸収」「模倣」「過去」「記憶と感情」とあります。これをよく考えてみれば、月の本質がリアルや意識とは異なることがわかると思います。しかし、天体が人間に悪く働くわけがないという日常感覚によって、月は誤解されていったのだと思われます。
私は月蟹3室なので、母の能力がゼロ。
家事が苦手で、居場所がない。
子どもにも優しくできないし、コミュニケーションもとれない。
という感じ。
そうかもしれないと思う部分もある。
もともと私は仕事で成功したい。
働かなければ人間でない。稼いだ金が人の価値だと思っていた。
社会人になる前の19歳ぐらいの時はそんなふうに、とても強烈に思っていた。
実らない努力なんてしていないのと同じだし、過程はいらない。
全ては結果だろうと。
家事なんて無価値で専業主婦なんて生きてる意味がない。
と、専業主婦の母親を見下していたし、そうはならないと強く思っていた。
反対に、母親が専業主婦で良かったと感じていた。
全てを自分に向けてくれている愛情が当たり前だった。
それが愛情の最低ラインなので、
鍵っ子なんてかわいそうで、愛されてないじゃないかと思っていた。
だから、自分が親になったら専業主婦がいいと思っていた。
けれど、そんなに子どもに力を割くつもりはないし、
なんで私の人生を子どもに全振りしなければならんのだとも思う。
月蟹とMC山羊が見事に反発している。
これをずっと抱えながら仕事をしていた。
一人暮らしをして、蟹要素が強く出て、
あれ?めちゃくちゃ家好きだなと思った。
料理も洗濯も家事もおもしろいと感じた。
その時に月蟹に納得した気でいた。
けれど、あれはただやったことがないから、新鮮だっただけなのかもしれない。
今は料理はほどほど、掃除はほとんど夫だ。
月蟹の殻を被って、実際には全然発揮できていない。
きっと月蟹なら、自分のやり方、セオリーがあって、
他人に触れさせないんじゃないだろうか。
私はそんなの気にならないし、やってもらえたらラッキー!
キッチンに夫が入ってくるのも大歓迎。
夫の方が家事に関してはルールを持っているぐらいだ。
そうか、フリーランスで月蟹を使いながら
家で働いているおもっていたけれど、家庭的なパワーはほとんど使っていない。
むしろ家で働くことで蟹月要素が薄い。
会社にびっちり出勤している時の方が、家事をしていた。
というか、切り替えてやらないと終わらない。
今は夫もいるし、適当に綺麗にするだけで済む。
蟹月要素が薄い。家にいるくせに。
なんたる矛盾。でもそうなってる。
太陽射手座とMC山羊に使う時間が増えていると捉えてもいいのかもしれない。
たまに気分転換に料理を作りすぎたりするのは、
月の幻影の暴走なのかもしれない。
別にやらなくていいのに蟹的な癒しを幻影として求めるけれど、余計疲れるという。
癒された気になっているというか。
それより、出前した方がいいんじゃね?と
MC山羊にこれからアドバイスしてもらおう。
子どもが生まれても役割を与えて、担当制で家の中を回していく。
そういうのがいいんだろうな。
月とMCがオポの関係なので対応しやすい気がする。
ちょっとこれからそんな感じで生きていこうと思う。
いい妻はやめた。